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単調な毎日に刺激を

大学生。音楽や本などいろいろ書いてます。

【書評】日本の裁判官の闇を暴いた「絶望の裁判所」

こんにちは。
僕は法学部の学生なので、そこそこ裁判に関心があります。

先日、美濃加茂市の藤井市長の逆転有罪判決が出ました。

この事件については担当弁護士の郷原信郎さんのブログが詳しいので、興味がある方はチェックして見てください。
nobuogohara.wordpress.com
いかにいい加減な判決かがよくわかります。

さて、この前Amazonで裁判所に関する面白い本を見つけたのでご紹介します。

どういう本?

タイトルは「絶望の裁判所」。
著者は瀬木比呂志さん。元裁判官で現在は明治大学法科大学院の教授をされている方です。

Amazonの内容紹介から引用します。

裁判所、裁判官という言葉から、あなたは、どんなイメージを思い浮かべられるのだろうか? ごく普通の一般市民であれば、おそらく、少し冷たいけれども公正、中立、廉直、優秀な裁判官、杓子定規で融通はきかないとしても、誠実で、筋は通すし、出世などにはこだわらない人々を考え、また、そのような裁判官によって行われる裁判についても、同様に、やや市民感覚とずれるところはあるにしても、おおむね正しく、信頼できるものであると考えているのではないだろうか?

しかし、残念ながら、おそらく、日本の裁判所と裁判官の実態は、そのようなものではない。前記のような国民、市民の期待に大筋応えられる裁判官は、今日ではむしろ少数派、マイノリティーとなっており、また、その割合も、少しずつ減少しつつあるからだ。そして、そのような少数派、良識派の裁判官が裁判所組織の上層部に昇ってイニシアティヴを発揮する可能性も、ほとんど全くない。近年、最高裁幹部による、裁判官の思想統制「支配、統制」が徹底し、リベラルな良識派まで排除されつつある。

33年間裁判官を務め、学者としても著名な著者が、知られざる裁判所腐敗の実態を告発する。情実人事に権力闘争、思想統制、セクハラ……、もはや裁判所に正義を求めても、得られるものは「絶望」だけだ。

裁判所の問題点

著者によると、日本の裁判官は「裁判官というよりは、むしろ、「裁判を行っている官僚、役人」、「法服を着た役人」というほうがその本質にずっと近い」そう。

彼らの関心は事件の解決ではなく、あくまでも自分の評価。そのため常に人事を担う事務総局の顔色を伺い、事務総局の意向に反した判決を出さぬようにしているというのです。

では事務総局の意向に沿わない裁判官はどうなってしまうのでしょうか?

著者は次のように述べています。

最高裁長官、事務総長、そして、その意を受けた最高裁判所事務総局人事局は、人事を一手に握っていることにより、いくらでも裁判官の支配、統制を行うことが可能になっている。不本意な、そして、誰がみても「ああ、これは」と思うような人事を二つ、三つと重ねられてやめていった裁判官を、私は何人もみている。当局の気に入らない者については、本来なら次には東京高裁の裁判長になるのが当然である人を何年も地方の高裁の裁判長にとどめおくといった形でやはりいたぶり人事ができる。これは、本人にとってはかなりのダメージになる。プライドも傷付くし、単身赴任も長くなるからである。

こうした人事について恐ろしいのは、前記のような報復や見せしめが、何を根拠として行われるかも、いつ行われるかもわからないということである。たとえば、「違憲判決を書いた場合」などといった形でそれが明示されているのなら、それ以外は安心ということになるかもしれないが、「ともかく事務総局の気に入らない判決」ということなのだから、裁判官たちは、常に、ヒラメのようにそちらの方向ばかりをうかがいながら裁判をすることになる。当然のことながら、結論の適正さや当事者の権利などは二の次になる。

人事など気にしなければいいとも思いますが、裁判官にとっては私たちが想像する以上に重要な問題のようです。著者はその理由として

1.裁判官が相撲の番付表にも似た細かなヒエラルキーによって分断されていること

2.裁判官の世界が精神的な収容所のように閉鎖的であること

の二つをあげています。
裁判官同士は細かいヒエラルキーに分けられていて、熾烈な出世競争に晒されます。ヒエラルキーの上下によって言葉遣いや態度がガラッと変わるようです。

しかし、裁判官にとってこの出世競争は深刻な問題。なぜなら裁判官の世界はとても閉鎖的で外部の人間と交流を持つことも少ないため、出世競争から脱落すること=アイデンティティの全否定につながるのです。

著者は裁判官の閉鎖的な世界を

たとえていえば「目に見えない檻」のようなものである。限られた範囲に安住している限り、その檻は見えないし、その鉄格子が気になることもない。しかし、いったん立ち上がり、みずからの信じるところに従って裁判や研究を行おうとすれば、たちまち、見えなかった鉄格子にぶつかることになる。

と表現しています。

この収容所のように外の世界から隔絶された閉鎖的な環境に置かれた裁判官たちが、事務総局の支配下に置かれてしまうのは仕方ないのかもしれません。

解決策

著者はこの腐敗した裁判所の状態を解決するために主に2つの改革を示しています。
一つは法曹一元制度の採用、もう一つは事務総局の解体による人事の透明化です。法曹一元制度とは、一言で言えば弁護士としてキャリアを積んだ人の中から裁判官を任命する制度のことです。アメリカなどはこちらの制度を取っています。

個人的に感じた疑問

著者のバイアスがかかっているのでは?

この本を読んで今まで裁判官に抱いていた「公正な法の番人」とイメージは崩れ去りました。
もし裁判官がこの本に書かれているような人々なんだとすれば、日本の司法に対しては絶望感しか感じません。

ただ一方で、本当にこの本に書かれていることが本当なのか、著者自身の背景(裁判所が合わず体調を崩し退官)を考えると、ある程度のバイアスがかかっているのではないかとも思ってしまいます。というのも、「そこまで批判するようなことか?」と感じた部分がいくつかあったからです。

裁判所に限った話ではない

裁判官が腐敗したのは裁判所制度の欠陥に起因するという考えですが、この本に書かれている、組織の閉鎖性や支配的な上下関係といった問題。これは何も裁判所に限った問題ではなく、自分の評価に傷つくことを恐れていじめを隠蔽する学校など、日本の他の組織や企業などにも共通するのではないかと思いました。閉鎖的な環境なため、世間の常識よりも組織内の論理が優先してしまうというのは企業の不祥事ではよく聞く話です。(○芝とか)

なのでこの本は裁判所だけでなく、日本社会全体に対する警告書として読むべき本だと思います。

絶望の裁判所

著者の最新作、「黒い巨塔 最高裁判所」も合わせてどうぞ

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